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ひまじんさんへ

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月18日(日)07時44分36秒
返信・引用
  犬鳴山温泉は大阪北部のかたには馴染がないようですね。
大阪南部の人は小学校の遠足で行くことがあるようです。

犬鳴山温泉は私たち以外の観光客はほとんどが外国人(中国語を話していたので多分中国か台湾の人だと思います)でした。
日本でもごく限られた地域の人しか知らない温泉をよく探して来ていますね。

インターネットの普及が世界を狭くしていますが、日本の観光地はどこへ行っても外国人
が多いですね。

大阪はその中でも人気があるようで(特に大阪城)、ホテルが著しく不足しています。
新今宮の駅前の広大な空き地もホテルが進出するようです。
新今宮から通天閣にかけては昔は敬遠していたのですが、外国人や若い世代には土地柄は関係ないようで、今やジャンジャン横丁など人気のスポットになっているようですよ。
 

デカッ・・・!

 投稿者:旅人ーM  投稿日:2018年11月18日(日)07時04分44秒
返信・引用
  トト 様から、昨日(11月17日付)、『大地の恵み』というタイトルで、北海道の『巨大キャベツ』の紹介がありました。

本日(11月18日付)、読売新聞・日曜・別刷り版≪よみ・ほっと≫ページに、写真入りで≪巨大キャベツ≫の紹介・記事があります。

・・・なるほど・・・デカッ・・・!

先日は、≪ピート≫の紹介がありましたが・・・
日本列島徒歩縦断旅(太平洋側コース)で、北海道・宗谷岬を目前にしたオホーツク沿岸の道の途中で、駐在所の方に、≪収穫が近づくと、ヒグマがピートを食べに来るから注意するように≫と言われたことを思い出しました。

寒いのは苦手ですが、北海道は大好きです。
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月18日(日)05時32分46秒
返信・引用
  「1901年明治31年の今日、官営の八幡製鉄所が操業開始。製鋼からの一貫工場で労働者5000人、日本の鉄の7割を生産した。  

朝刊の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月18日(日)04時58分50秒
返信・引用
  「尽くしたボスに死刑にされそう。」 (サウジ5人求刑へ)  

犬鳴山温泉

 投稿者:ひまじん  投稿日:2018年11月18日(日)00時01分54秒
返信・引用
  私も長年大阪に住んでいましたが、 犬鳴山温泉は初めて聞きました。

岸和田はだんじりしか知りませんし、行ったことがありません。

大阪の南の方は全然知りません。

大阪にもこんなに美しい景色のところがあるのですね。
 

「大地の恵み」

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月17日(土)19時04分46秒
返信・引用 編集済
  先週北海道に行ってきて、道の駅で野菜を大量に買ってきました。その中に、巨大なキャベツがあり、その巨大さは、東京のスーパーの数倍の大きさです。

北海道の人に話してみると、ニシン漬けにするものとのこと、そうかと思い、身欠きにしんを注文して、近く漬物にする予定ですが、余りにもおいしそうなので、家内がキャベツを単に厚揚げと一緒に煮てくれました。

これが実においしいのです。野菜の肉厚が厚く食べ応えがあって、且つキャベツの優しい甘さが滲み、実に実に北海道の大自然の豊さを味わっているように気分です。

しかも値段は、なんと300円、驚きです。

なんとなく、このまま食べて終わりそうなので、北海道の鰊漬けを改めて送ってもらいました。するとやはり、肉厚の厚いキャベツと大根、それに身欠きにしんを糀に漬けて発酵させたものですが、これがすこぶる美味しいのです。

生れて初めて食べたものですが、この世には、私の知らない美味しい食べ物がゴマンとあるようで、本当にうれしくなります。
 

犬鳴山温泉2

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月17日(土)16時56分16秒
返信・引用
  画像  

犬鳴山温泉

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月17日(土)16時48分48秒
返信・引用
  関西にいながら「犬鳴き山温泉」という名前は初耳でした。

大阪府内にある温泉なので、すれた温泉を想像していたのですが、その雰囲気は微塵もなく、四方を山に囲まれ、清流に抱かれた、まことに鄙びた温泉でした。

「犬鳴き山」という一度聞いたら忘れそうにない奇妙な名前の温泉。
パンフレットにはこんな解説がしてありました。

「今を遡ること約1200年、猟師をしている主人に従って狩りの手伝いをしていた1匹の犬がいた。猟の獲物は鹿である。
狩りの最中、犬は主の傍らにある大樹(大きな杉の木が何本も自生していたので杉かと思われる)に大蛇がいることに気が付いた。
主は鹿に気を取られ、大蛇に気付かず、弓を引いて鹿を仕留めようとしていた。
犬は主に危機を知らせようとしてしきりに吠えた。
ところが、その声に驚いて鹿は逃げてしまった。
大蛇が近くにいて、危険一髪の状況であることを知らない主は、犬が吠えたため鹿を逃してしまったことに怒り、犬の首を刀で切り落とした。
犬は首だけになってもなお主のことを思い、大蛇の首に噛み付いて、大蛇と共に死んでしまった。
主は犬が首を切られてまで我が身を守ったことを悔やみ、出家して一生犬の供養をした」と、言い伝えられているそうです。

また、ここは修験者が修行を行う場所で、行者の滝をはじめ7つの滝があり、木々に囲まれた鬱蒼とした坂道は霊気が立ち込めているかのようでした。

温泉はすべすべした泉質で、とても温まるいい湯でした。
 

泉州岸和田、泉佐野・犬鳴山温泉

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月17日(土)14時36分27秒
返信・引用 編集済
  旧職場のOBと年2回の旅行をはじめて10年以上になります。
ほぼ同年輩の6人で名所旧跡をまわり、夜は酒を飲んでお互いに語り合うというスタイルは変わっていません。
ただ、話の内容が政治的な話題が多少少なくなり、自身の健康に関するもののウエイトが多くなったように感じます。
あと何年続くか分かりませんが、一人も欠けることなく続けられたらと思っています。

今回は大阪南部、泉州の岸和田、泉佐野から、ひと山越えたらそこは和歌山の「犬鳴き山温泉」へ秋も深まった11月14,15日に行って来ました。

岸和田、泉佐野は大阪難波と和歌山を結ぶ南海本線の途中にあります。
両方共電車で何度も通っていますが、降りることはほとんどありませんでした。
岸和田はだんじりで有名な所ですが、だんじり祭りは既に終わっており、日本新100名城(日本100名城に続いて作られたようです)の岸和田城に行って来ました。

だんじり祭りは見たことがありませんが、岸和田の街中を山車が猛スピードで練り歩くというより、走り回るそうです。
特にカーブのところはスピードを速めて回るため建物を壊したり、人身事故が起きたりかなり危険なお祭りのようです。
岸和田出身の人は祭りが近づくと、当然のごとく休暇を取り参祭りに加するそうです。

また、岸和田が城下町であることも初めて知りました。
江戸時代には掛川出身の岡部氏5万石の城下町だったそうです。
名前も聞いたことがなかったのですが、先代は多分家康子飼いの人だったのではないでしょうか?

泉佐野は関西空港の玄関口になっていますが、古くは熊野詣の街道町として賑わい始め、江戸時代には漁業、廻船行、醸造業、綿織物などにより独自の町人文化を発展させたようです。
泉佐野タオルは四国今治のタオルと並んで、今でも質の良いタオルとして売られています。
今回は200年以上前の建物が現存する元醤油屋さんの大きな建物を見学させていただきました。

画像は岸和田城と天守閣からの岸和田の街
 

北方領土

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月17日(土)12時43分40秒
返信・引用
  北方領土問題がにわかに身近な問題になってきた。
極東の経済発展は両国に多大の利益をもたらす。
そのためには日ソ平和条約の締結が必要である。

日ソ平和条約交渉で北方領土はお互いに避けて通れない問題だ。
北方領土についてお互いの主張がまるで食い違っており、この解決にはトップ同士の交渉が不可欠であろう。

北方領土の現状はロシアが4島を占領してから約70年が経過し、最近では実効支配の様相がますます強くなってきている。
このことは、日本にとって非常に不利な条件であり、このままいけば解決の糸口さえ見いだせなくなる懸念もある。

ロシアのプーチン大統領はこの問題に関心を持っており(ロシアの極東開発には日本との経済協力が不可欠だと判断しているのではないだろうか)、最近、平和条約締結に向けて安倍首相に水を向けた。
この時のプーチン大統領の発言は「北方領土抜きで平和条約を締結し、その後で北方領土を解決しよう」という発言であった。

この発言が引き金となり、安倍首相とプーチン大統領が北方領土問題を話し合うことが予定されている。

安倍首相の首相在任期間は7年近くなる。
それなのに、首相として歴史に残るようなことは何ひとつない。
北方領土の解決はこれがラストチャンスかもしれない。
安倍首相にはどのような思惑があるのか知らないが、ロシアを相手に頑張ってほしい!
 

「今日の会話」

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月17日(土)12時00分32秒
返信・引用
  新聞に載っていた通販のカタログが欲しかったので、電話しました。すると担当の女性が、とてもゆっくりと異常に遅くしゃべるのです。まるで外国人が、よく知らない日本語をゆっくりと間違いがない様にしゃべっているようなのです。外国人かと聞いてみると、立派な日本人ということでした。なんか日本語が変わってきているようです。

私・・・・「なんで異常にゆっくりしゃべるのだろう。頭の回転が遅いのかなあ」

家内・・・「パソコンに情報を一杯入れると、動きが遅くなるじゃあない、そういうことじゃあないの、きっと!」

私・・・・「すると俺の頭の中は情報がスカスカだから、しゃべる速度が速い、といっているんだね」

家内・・・「私はあくまでもパソコンだけのことをいっているの」
 

やまとなでしこ様

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月17日(土)11時35分57秒
返信・引用
  そういえば、先日帰郷した折も、カチガラスは全く見ませんでした。
もし駆逐されつつあるとしたら残念です。

ただ佐賀空港に行く途中、アオサギ、白鷺の姿を数多く見かけました。
なんか、鳥の有り様が変わってきたのでしょうか。

私が住んでいるここも、来た当初、カラスが多かったのですが、最近は見かけません。うちの雄猫ゆう吉がカラスに追いかけられていて悔しい思いをしたのですが、今は懐かしい思い出になっています。ゆう吉も15歳で他界しました。

今は虎太郎に代わりましたが、この虎太郎君は、外に出さないことにしています。家の中だけで生きると、長命だそうで、そのようにしています。

ゆう吉は去勢していなかったので、恋人を求めて外に出ることを好んでいたのですが、虎太郎はわが家に来た時点で、手術をしてあったので、そのような欲求もないようです。寂しいことですが・・・・。
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月17日(土)05時30分47秒
返信・引用
  「1869年明治3年の今日。スエズ運河開通」  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月16日(金)17時46分20秒
返信・引用
  「夢千代の声が流れる資料館。」(吉永さん音声ガイド再び)  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月16日(金)07時29分26秒
返信・引用
  「日本では陸自が砲弾乱射する。」(車の窓直撃す。)  

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月16日(金)05時35分29秒
返信・引用 編集済
  「1871年明治9年の今日、官立幼稚園が誕生後のお茶の水大学付属幼稚園である。
「1930年昭和5年の今日煙突男(神奈川県の紡績工場で起きたストライキを応援煙突に6日間居座る)現れる。
 

(無題)

 投稿者:やまとなでしこ  投稿日:2018年11月15日(木)22時57分55秒
返信・引用
  佐賀に法事で一泊してきました。かちがらすを一羽も見ませんでした。夕方県庁前の楠は真っ黒いカラスのお宿でした。かちがらすは カラスに負けたのか?雛が食べられたのか?
がっかり。
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月15日(木)10時43分28秒
返信・引用
  「客人が世辞にいわぬtag.](安倍ペンス会談)
 

桜田大臣

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月15日(木)05時48分23秒
返信・引用
  桜田五輪担当大臣は「サイバーシキュリテイ対策担当大臣も兼務しているそうである。昨日国会でパソコンは使用したことが皆無であると答えた。これでも適材適所と言えるのだろうか?  

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月15日(木)05時34分40秒
返信・引用
  「今日は坂本竜馬の誕生日であり、命日でもある。又、1930昭和5年の今日明治神宮で第1回全日本柔道選手権が行われた。  

朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月14日(水)13時11分15秒
返信・引用 編集済
  「名店は山の中でも客は来る。」(寿司の老舗久兵衛場所が悪いとホテルオークラを提訴)  

今朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月14日(水)07時24分14秒
返信・引用
  〔遠からず赤いダイヤもリバイバル。」(不作で小豆高騰)  

朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月14日(水)05時58分2秒
返信・引用
  「トランプが煽り立てれば火も消えず。」(山火事で暴言)  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月14日(水)05時51分50秒
返信・引用
  「来てほしい来てほしくない来てほしい。」(改正入国管理法案本会議審議入り)  

朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月13日(火)19時30分52秒
返信・引用
  「千歳飴似合いそうだねトランプ氏。」(でかいコドモ。)  

(無題)

 投稿者:やまとなでしこ  投稿日:2018年11月13日(火)18時28分1秒
返信・引用
  家の庭には ハイビスカスの花が寒そうに咲いていますが 玄関横のヒイラギは今を盛りと白い小さいよく香る
花を咲かせています。とてもいいかおりです。
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月13日(火)07時01分29秒
返信・引用
  「リンゴ泥農家悔しや悔しやリンゴ。」(青森で盗人横行)。  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月13日(火)06時31分0秒
返信・引用
  「棒読みで国が成り立つ馬鹿らしさ。」(そのうえ早口)
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月13日(火)05時33分20秒
返信・引用
  1966年昭和41年の今日松山沖で全日航機が墜落、戦後初めての民間航空機事故である  

「今日の会話」

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月12日(月)07時16分6秒
返信・引用
  今日は週に2回行っている企業への出勤日です。

私・・・「○○さん(家内も知っている友人です)は毎日7時半には会社に出勤しているそうだ、すごいねえ!」

家内・・「あなたは毎日8時ごろ家を出るから、いつも遅刻しているのじゃあない?」

私・・・「いや、8時半始まりだから、時々しか遅刻していないよ」

家内・・「ときどきだって、時々しか行っていないのだから、毎日遅刻しているのね!」

私・・・「時々行っているうちの時々だよ、毎日じゃあない」

家内・・「本当~お?」
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月12日(月)05時34分37秒
返信・引用
  1972年明治5年の今日政府は高官は洋服を着用すべきとの太政官布告を制定し、後に今日を洋服記念日とした。  

喜界が島

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月11日(日)17時14分20秒
返信・引用
  昨日テレビで喜界が島が出ていました。
食材で栄養豊富な胡麻は99%が輸入品だそうです。
残りのわずかな国産の胡麻の産地が喜界が島だそうです。
 

ビート

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月11日(日)14時10分0秒
返信・引用 編集済
  ビート一個は直径約15センチの円錐形というか球というか、何かそんな形で、約1キログラム弱だそうです。このぐらいの大きさから、平均150gの砂糖が取れるそうです。

そうすると、サトウダイコン一個で、我が家の砂糖は、何か月分取れるのでしょうか。我が家では砂糖はほとんど使っていないので、1年1個で足りるのかもしれません。

私は、特に黒砂糖が大好きで、沖縄に行ったら必ず買ってきます。

砂糖会社の技術者の方から聞いたことですが、サトウキビから最初にできる砂糖は、何と緑色で、
とても微妙な味わいがあり、大変おいしいのだそうです。

しかし、すぐに空気と結合して、黒く変色するということですが、この最初の味わいを保存して市場に出すのは今の技術では不可能だそうです。

その砂糖が喜界が島では味わえるそうで、本当に胸がわくわくします。
 

ビート

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月11日(日)13時49分53秒
返信・引用 編集済
  色は白でした。

苦味があるというのですが、じつはこれを聞いたときも、何とかなるのではないかと思いました。山菜は一口初めから苦味がありますが、食べたビートは全くそんなことがなかったのです。

苦味があるにしても、かき揚げにしたらどうかとか、茹でたらどうかとか、あるいはミョウバンに曝したらどうかなどなど、内心では考えていました。

ヨーロッパでは食べるのですねえ。そもそも、ドイツではほとんど砂糖はビートから作るようですし、食べ方があるのでしょう。

こんど行ったときに、ビートを貰ってきて、うちで料理してみましょう。次に行くときは、来年かもしれませんが・・・・!

所で、絞った後のビートはどうするのか聞いたら、ペレットにして、家畜の餌にするそうです。このペレットには、ビートの砂糖を抽出した残りの糖蜜をかけて甘くしてやると、家畜は大喜びで食べるそうです。

つまり、ビートから砂糖を抜き出し、残りを家畜が食べる、ということですが、ビートにはおそらく多くの微量栄養素の宝庫であるでしょうし、何よりも腸をきれいにする繊維は、家畜が食べるのです。

つまり、砂糖分を除いたビートのさまざまな栄養素や繊維は何と家畜が食べているのですねえ。
 

(無題)

 投稿者:やまとなでしこ  投稿日:2018年11月11日(日)13時24分39秒
返信・引用
  トト様ビートは何色でしたか?イギリスにお住んでいるときにビートルートという蕪に似たのがスーパーで売られて板です真っ赤というより血の色でボルシチに使うみたいですが。甘酸っぱく煮たのはサラダに入れるとおいしく、砂糖大根とイギリスにあるのとは違うのかしら。ボルシチに入れるビートは成城のスーパーで売っています。  

「北海道旅行」

 投稿者:トト  投稿日:2018年11月11日(日)08時54分20秒
返信・引用
  先週は、帯広、北見、女満別と回りました。当地の砂糖工場を見せていただいたのです。

北海道の砂糖は、ビート(サトウダイコン)から生成するもので、南方の砂糖キビとは全く違います。

このビートを食べてみると、とてもおいしくサラダに最適ではないか、と工場の方に聞いたら、一口ぐらいは美味しいが、食べ続けると、苦みやあくがあっておいしくないとのこと、多数いるシカも若いシカはほんの少しかじるが、それでやめるとのこと、シカですら食べないんですよ、とのことでした。

1個欲しいと、のどから出かかったのですが、飲み込みました。

最後は、女満別のロッジに泊まり、夜は有名な星空をみようと思ったのですが、あいにくと曇り空でした。

来年の2月頃には、南方の喜界が島に、砂糖工場を見に、連れて行ってもらえるようです。楽しみです。
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月11日(日)05時33分13秒
返信・引用 編集済
  「1918年大正7年の今日第1次世界大戦が終結全世界で約1、000万人、の死者が出たとされている  

熊本城サグラダ・ファミリア計画

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月10日(土)07時08分24秒
返信・引用
  Kobushiさんが住んでおられる熊本のお城と地震のことが「日本史の内幕」に書いてあったので、一部引用します。

熊本で大地震が起きた。
一報を聞いた時、私は「やられた!」と思った。悔しかった。
悔しく思ったのには理由がある。
約400年前にも慶長三陸地震といって東北に大津波がきたことがあった。
この400年前の東日本大震災のあと最初に大地震が襲ったのが「熊本」であった。
1611年に慶長三陸地震がきたあと、8年後に肥後八代地震(1619年)、14年後に肥後熊本地震(1625年)がきた。
前回は8年後、今回は5年後であったが、まさかこんなに忠実に東北震災のあとに熊本を地震が襲うとは思ってもみなかった。

これは詳しく古文書を調べねばと思った。
京大図書館に行けば「新収日本地震史料」という地震史料全集がある。(途中省略)
本を読んでみて驚いた。
今回の熊本地震は「揺れの顔つき」が400年前のそれに酷似していたのだ。
肥後八代地震は朝の卯刻から揺れがきて旧八代城(麦島城)が正午頃の午刻に倒壊している(「肥後国志」)。朝に前震、昼に本震がきて城が耐え切れず全壊した。しかもこのとき揺れは東北方向に拡大。「岡(大分県竹田市)大地震。お城中、所々破損」と、竹田城が破損した。現在と全く同じ展開である。

今回の熊本地震もそうだが、どうも中央構造線の地震は連動連発しやすいらしい。
1596年には、わずか五日の間に、伊予(愛媛)・豊後(大分)・伏見(京都)と、三か所ほぼ同時にマグニチュード7クラスの地震が襲った。
1625年には、三か月おきに、広島・愛媛・熊本が地震に襲われ、広島城と熊本城の石垣が崩れ、櫓が崩壊している。
これも今とそっくり。
地震に遭うと城というものは、まず長塀が倒れ、石垣が上から崩れて、多聞櫓といって細長い形の櫓が真っ先に落ちて崩壊する。

今回の地震で熊本城が痛々しい。(途中省略)
熊本城は巨城である。
加藤清正・細川忠利時代の姿に完全復元すると、国宝姫路城など問題ではない規模の城になる。
なにせ天守・小天守のほかに国宝松江城天守に近い規模の五階建ての櫓が6つもあった。天守級の塔がいくつも聳える日本一の城だった。

落ち着けば、この名城の復旧工事がはじまり、それ自体を見学する観光もできよう。
私は「熊本城サグラダ・ファミリア計画」を夢想する。
スペインのサグラダ・ファミリアのように清正の「塔」の復元を続行。
町の誇りとして世界の人に来てもらう。
さしあたっては、一刻も早く、元の姿に。熊本城を救わねばならない。
 

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月10日(土)05時35分4秒
返信・引用
  「1968年昭和43年の今日東京日比谷公会堂で開催されたGS,OXのコンサートで30人の女子が失神した。」  

朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 9日(金)17時17分42秒
返信・引用
  「定年に鞭打つ延長20年。」(東海第2延長認可)  

朝の川柳

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 9日(金)17時14分36秒
返信・引用
  「議会より大統領がねじれてる。」(衆目一致)  

関西のヒマジン様へ

 投稿者:ひまじん  投稿日:2018年11月 9日(金)11時44分17秒
返信・引用
  榎町となっていますが、宗参寺の住所は弁天町です。
この地区の方と顔を合わせていますが、一度も隕石の話が出てきたことはありません。
今回初めて隕石のことを知りました。
 

ひまじんさま

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月 9日(金)07時14分1秒
返信・引用
  江戸時代隕石が落下したとされる地点は、神楽坂榎町のご自宅から12,3分のところですか。
当時は大騒動だったでしょうね。
いまから、195年前の出来事ですが、大事件なので榎町の町内会で言い伝えられているということはないのでしょうか?
 

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 9日(金)06時51分16秒
返信・引用
  「人は七十原発は六十。」(働き方改革)  

今日は何の日?

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 9日(金)05時33分5秒
返信・引用 編集済
  「今日119番の日です、1963年昭和38年の今日三井三池炭鉱で戦後再悪の炭鉱事故が起き約458人の死亡者と839人の一酸化中毒患者が出た。  

パウロ様へ

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 9日(金)05時07分49秒
返信・引用 編集済
  誰でもやる変換ミスを指摘したことで不愉快な思いをされたようなのでお詫びいたします。私としては小さな、小さな窓の気持ちでしたが、パウロ様の気持ちが不愉快に思はれたようなので不本意です。自分を戒める意味と自分の注意を喚起するためにもこれからも指摘は続けます。  

隕石

 投稿者:ひまじん  投稿日:2018年11月 8日(木)22時56分23秒
返信・引用
  宗参寺を地図で見てみると、我が家から徒歩で12~3分のところです。近くには山鹿素行のお墓があり、
通り一つ離れたところには漱石公園があります。
 

免許更新による認知症試験

 投稿者:パウロ  投稿日:2018年11月 8日(木)19時42分27秒
返信・引用
  愛車を手放した今、免許返納も考えましたが、公的認知症の試験を受けるのも一興かと思い受験しました。一応公安委員会の認証はパスしましたが、一概に喜べない気分です。試験の主題は記憶力と目と脳の瞬発力のテストでした。パスしたとは言え確かに記憶力は衰えていました。人生100年時代の第4楽章の今、人の名も思い出せない有り様です。木霊に投稿し変換ミスで間違いを指摘された事もありました。この歳になると、小さなミスはあります。木霊はボケを修正してくれる小さな窓かと思います。とはいえ誰にでも来る老いの変換ミスに穏便に対処してもらえればと思い投稿したボケ老人です。  

今朝の川柳」

 投稿者:沼南ボーイメール  投稿日:2018年11月 8日(木)13時28分17秒
返信・引用
  「いっその事九パセントにしたらどう。」(ごちゃごちゃ言うなら。)  

江戸の隕石(神楽坂)

 投稿者:関西のヒマジン  投稿日:2018年11月 8日(木)08時17分35秒
返信・引用
  管理人さんの自宅の近くに江戸時代隕石が落ちたようなので、「日本史の内幕」から一部引用します。

江戸時代に東京の都心に隕石が落ちたことがある。
はて、どこに落ちたものか。

まず自宅の書庫で埃をかぶった隕石関係の古文書コピーを出してきて読んだ。
隕石が落ちてきたのは文政6年10月8日(1823年11月10日)であったらしい。長崎平戸藩主の松浦静山という学者大名が随筆「甲子夜話」に書いている。
松浦は人からこんな話を聞いている。
「戌刻下り(夜8時ごろ)に西の空から大砲のような音が響き、北のほうにいった。
急いで北の戸を開いてみると、北の空にまだ残響がとどろいていた。
あとで人に聞くと、路上にいた者はそのとき「大きな光物」が飛行するのをみたという。また数日して聞いた。
早稲田に微禄の御家人の住居があり、その玄関のような所に石が落ちて、屋根を打ち破り、破片が散乱したが、その夜その時のことだという」

なるほど早稲田のあたりに落ちたのか、と思った。
しかしこれだけでは落下地点が特定できない。
もう一つ古文書があるので読んでみた。
鈴木桃野という江戸在住の学者の「反古のうらがき」という随筆である。
「一、二日あって聞くと、早稲田と榎木町との間の「とどめき」という所に町医者がいて、その玄関前に二尺に一尺(60×30センチ)ばかりの玄蕃石のような切石が落ちて二つに割れていた。焼石とみえて余程あたたかであった」

これでかなり落下地点を絞り込めた。
現在の新宿区の早稲田と牛込榎木町の「とどめき」という所に落ちたのだ。
しかし「とどめき」とは、どこか。
そこに行けば今でも隕石が見つかるような気がしてどうしても知りたくなった。
それで江戸時代の住宅地図「江戸切絵図」をひらいてそこをみると宗参寺という寺があって傍らに轟橋という橋がある。ここかもしれない。

「江戸名所図会」という当時の江戸ガイドブックで宗参寺の項をみたら、大当たり。
「雲居山宗参寺、同所弁財天町にあり。この地を土俗どどめきと云ふ」とあった。
そこは狭い場所。ネット上の地図グーグルマップで調べると、現在、早稲田の銭湯・大黒湯の煙突を中心に半径100mほどのところだ。
やった。隕石の落下地点を特定した。隕石は貴重だ。
大きいものは数千万円から億円単位で取引される。
別にお金目当てではないが、宝探しの魅力に取りつかれ、私は浜松から新幹線に飛び乗ってそこを目指した。
隕石は落下地の神社やお寺でご神体や寺宝として保管されていることがある。

私は落下地点にある宗参寺に飛び込んだ。
まずは庭石に目を光らせる。黒く焦げた30センチの石を探したがない。
意を決して住職さんに声をかけた。「あのう。隕石を探しにきたのですが」。
住職さんは驚いてポカンとした顔。
怪しい人物と思われそうになったので、その時分勤めていた「静岡文化芸術大学」の名刺を渡し、調査だと事情を話した・
しかし、住職さんは、はあ、そんなことがあったのですか、という感じで、全く伝承は残っていなかった。
私は寺の境内に呆然と立ち尽くすしかなく、結局、隕石はみつからなかった。
 

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